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最高裁判所第三小法廷 昭和42年(あ)605号 決定 1967年9月19日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人浅野隆一郎の上告趣意は、憲法三一条違反をいう点もあるが、実質は単なる法令違反の主張に帰し、また、判例違反をいう点もあるが、引用の判例は、いずれも本件と事案を異にして適切なものでなく、その余は、事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当らない。(本件事実関係のもとにおいて、被告人の所為を売春防止法一二条に該当するとした原判決の判断は正当と認められる。)

また、記録を調べても刑訴法四一一条を適用すべきものとは認められない。

よって、同四一四条、三八六条一項三号により、裁判官田中二郎の反対意見および裁判官松本正雄の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

裁判官田中二郎の反対意見は、次のとおりである。

多数意見は、「本件事実関係のもとにおいて、被告人の所為を売春防止法一二条に該当するとした原判決の判断は正当と認められる」と判示しているが、これは、いわゆる管理売春を不当に拡張解釈したものであって、にわかに賛同しがたい。

売春防止法一二条は、「人を自己の占有し、若しくは管理する場所又は自己の指定する場所に居住させ、これに売春させることを業とした者」に対し、「十年以下の懲役及び三十万円以下の罰金」という厳罰をもって臨んでいる。この規定の趣旨とするところは、売春婦の居住場所に対し、ある種の支配関係を及ぼすことにより、その居住場所を転ずることを困難ならしめ、もって自己の支配関係から脱出することを防止するような方法のもとに売春させることを業とする者について、それが、いわゆる人身の自由に対し特に重大な侵害を加えるものである点に注意して、これに厳罰をもって臨むことにしているものと解される。従って、同条にいういわゆる管理売春に該当するかどうかは、売春をさせることを業とする者の支配関係が及んでいる場所に売春婦を居住させ、その支配関係からの自由な脱出を困難ならしめるような状況に置いているかどうか、その意味において、人身の自由に対する重大な侵害をあえてしているかどうかによって、判断されるべきものである。

実際には、同条の規定する素朴な管理売春の形態は、時勢の推移に伴って、次第に減少し、多かれ少なかれ売春婦の自由を認める新らしい形態に変りつつあるといえるのかも知れない。若し、そういう事実があるとすれば、その新らしい形態に対して、在来の規定をそのままに、何らの改正を加えることなく、これを適用することができるかどうかについては、厳密な反省と検討とを必要とするのであって、安易に、取締りの必要に藉口して、在来の規定を類推拡張的に解釈適用することは、刑罰法規の性質からいって許されないところであり、ひいては、刑罰法の大原則である罪刑法定主義違反を犯すことともなりかねない。

ところで、本件についてみるに、被告人の経営する政佳旅館の一室に売春婦らの溜り場を設け、また、多くの場合、同旅館二階の客室で「泊り」等の売春をさせていた事実をもって、同旅館を居住の場所として捉え、同所が被告人の「占有する」場所である故をもって、これに被告人の支配が及んでいるものとし、被告人の所為は、売春防止法一二条の要件を充足するものとしているのである。すなわち、多数意見は、売春婦らの溜り場所及び通常の売春の場所が被告人の占有し管理する場所であることを理由として、いわゆる管理売春の成立を認めた原判決の判断を支持しているのであるが、本件の場合に、果して売春婦らをそこに居住させ、これを被告人の支配関係のもとに置き、人身の自由に対する重大な侵害を加えたことになるかどうか、頗る疑わしい。というのは、本件の売春婦らは、別に寝食の場所としてアパート等の独自の居住場所をもっており、被告人は、これらの居住場所に対しては、何らの支配を及ぼすことができず、記録によれば、電話連絡等によって呼び出す等の途さえ有しなかったのみならず、政佳旅館の溜り場に赴くと否とは、売春婦らの自由に委されていた事案であり、売春の場所についても、便宜、右旅館客室を利用するのが通例であったとはいえ、必ずしもこれを強制されることなく、相手を旅館外に連れ出すことも、例外的にはないではなかったものと認められるのであって、このような事実を捉えて、売春婦らを被告人の占有管理する旅館に居住させたと解し得るかどうかはかなり問題であり、また、一定の場所に居住させることによって、売春をさせることを業とする者の支配関係から売春婦らの脱出を困難ならしめ、もって人身の自由に対する重大な侵害を加えたものといえるかどうかも、頗る問題であるからである。

殊に本件のように、売春婦らが、別に自由な寝食の場所を有し、右旅館の溜り場に来集するかどうかについても、何ら拘束されない場合についてまで、用語自体からいっても、当然強制の要素を伴うものとみるべき「居住させ」の要件に該当するものとするのは、売春防止法一二条の趣旨を不当に拡張的に解釈したことになるのではないかと思われる。

売春防止法一二条の規定は、売春の形態が変りつつある現在の実情に照らし、必ずしも適当な定めといえないであろう。しかし、だからといって、同条の規定に何ら改正を加えることなく、形態の異なった対象について、安易に類推拡張的に解釈適用しようとする態度には、到底賛成することができない。殊に、本件被告人のごときは、同法一一条二項にいう「売春を行う場所を提供することを業とした者」に該当するものとして処罰する(この場合でさえ、七年以下の懲役及び三十万円以下の罰金に処することができる。)ことによって、売春防止法の目的を十分に達成することができるのであって、多数意見のように、強いて管理売春に関する同法一二条の定めを拡張的に解釈し、ひいては罪刑法定主義違反の疑いを生ぜしめることは、できるだけ避けなければならないと考えるのである。

裁判官松本正雄の補足意見は、次のとおりである。

原判決の認定するところによれば、被告人は、その経営にかかる政佳旅館において、いわゆる売春宿を営んでいたものである。すなわち、七名の婦女を「通い」の売春婦として雇い入れ、「同女らを、被告人が支配ないし監視するのに容易な場所である右旅館に毎夕ほぼ定刻に出勤集合させて、何時にても遊客の求めに応じ得るような態勢で翌朝三時頃まで、長時間に亘り、同旅館一階の溜り場に待機させ」ていたものであって、しかも、売春婦らは、その溜り場に集合待機している間、被告人に無断で外出することは許されなかった。そして、記録によれば、右旅館の二階は、四部屋(六畳間三、四畳半間一)であって、被告人が遊客を右二階の何れかの部屋に案内し、遊客より予め売春の対償として金を受取っていたことが認められる。また、原判決の認定するところによれば、「遊客があれば、被告人において売春婦らにあてがい、同旅館の被告人の指示する客室で売春させたうえ、その対償の半額を取得して」いたものであり、更にまた、右婦女らは、「右旅館二階の客室が満員のときなどには、被告人の指示により、附近の旅館等へ遊客と共に赴いて売春していた」ものである。

右のような事実関係のもとにおいては、被告人の所為は、売春防止法一一条二項の単なる「売春を行う場所を提供することを業とした」だけではなく、同法一二条の管理売春に該当するものというべきであり、これを同条に問擬した原判決の判断は正当である。

田中裁判官は反対意見を述べられて、「本件の場合に、果して売春婦をそこで居住させ、これを被告人の支配関係のもとに置き、人身の自由に対する重大な侵害を加えたことになるかどうか、頗る疑わしい。」とし、更に本件の如き場合に「居住させの要件に該当するものとするのは、売春防止法一二条の趣旨を不当に拡張的に解釈したことになるのではないかと思われる。」とされる。

しかし、私は、同法一二条の「居住させ」ということは、ある場所を起臥寝食に使用する場所として強要することをもって、その要件とするものではないと解するし、本件売春婦らが別にアパート等に住居があるからといって、同法一二条の適用を妨げるものではないと考える。本件の如く、被告人が、売春婦らを、契約に基づいて、毎夕ほぼ定刻に政佳旅館に出勤せしめ、無断外出は許さず、被告人が指定した場所で、夕方から翌朝まで、殆ど毎日の生活の大部分を売春のために過ごさしめている等前述の事実関係のもとにおいては、被告人の行為は、売春婦らを政佳旅館に居住させたものと解しても、不当に拡張的に解釈したものとは思わない。また、被告人が経営する旅館なるものは、その構造からいっても、施設からいっても、典型的な売春宿とみるべきものであって、被告人が経営者として、また使用者として、数名の婦女を雇い入れて売春をなさしめ、その対償は、被告人が定めて、遊客から予め自ら取得するというような状況の下においては、被告人の所為は売春婦らに対して、心理的にもまた行動の点においても、かなりの拘束を与えているものというべきであり、その間には、前記法条の要件とされる支配的な関係が存在するものと認めざるをえない。従って、かような場合には、被告人が婦女らに対して必ずしも居住、売春を強要するという程度のことまでは認められないとしても、これに売春防止法一二条を適用することは罪刑法定主義に反するものではないと解される。

そもそも、いわゆる管理売春の態様は複雑多岐であり、下級審の多くの判決例にみられるように、脱法的な方法も次第に巧妙になってきているものと思われる。(上告趣意の引用する判例も、本件とは、事案を異にする。)従って、法を適用するにあたっては、徒に観念論に走ることなく、各事案の実態を洞察して、実状に即した判断をすることが肝要である。私が、多数意見を支持した所以である。

(裁判長裁判官 松本正雄 裁判官 柏原語六 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎)

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